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山本 正一
(北海道・67歳)
二〇〇一年十二月、北海道苫小牧の病院に入院。前立腺肥大症ということで<前立腺高温度加温治療>を行いました。と同時に、直腸を通して針を刺し血のかたまりを十六カ所取り、ガン細胞が存在している事がわかりました。検査の結果は前立腺ガンの第I期もしくは第U期と言われました。
ガンになっても心配はない
〇〇一年十二月、北海道苫小牧の病院に入院。前立腺肥大症ということで<前立腺高温度加温治療>を行いました。と同時に、直腸を通して針を刺し血のかたまりを十六カ所取り、ガン細胞が存在している事がわかりました。検査の結果は前立腺ガンの第I期もしくは第U期と言われました。
二日間のいろんな検査で、早急に手術するか放射線治療しかないと言われ大変驚きました。家内、長男、長女、孫達も呼ばれまして,命の終わりのようなガン宣告を受けました。その時、家内や子供達がインターネットでいろいろと調べてくれました。前立腺ガンはマーカー値(PSA)が25.5あるので、早いうちに手術ということになりました。
〇〇二年一月、札幌医大に入院。いろいろな検査を経て内視鏡手術でガンを取りました。一月にはPSAが11.1になり、三月には一時11.7に上がりました。
月に友人から天仙液、天仙丸、天仙栓をいただき試してみました。身体に合いそうなのですぐに注文して飲み始め、三月から四月まで放射線をやりました。その後も天仙液その他を一年四ヶ月続けております。その結果、PSAが十二月には1.9と(正常値4.0)にまで下がり、二〇〇三年一月の検査では1.9と、医大の先生には安定期に入ったと言われました。先生に天仙液の話をしたところ、山本さんの身体に大変合ったのでしょうと言われました。これからも続けていいか聞きますと、病院の薬と併用してどうぞ続けてくださいと言われ、安心しました。
は仕事に、ゴルフに一所懸命頑張っております、六七歳になりましたが、今年は老人ホームを札幌に二七セットホーム、江別に十八ホーム、自社経営する予定で、工事着工いたしました。それに第一〇北海マンション三八戸も着工いたします。
がんになっても心配はないと全国の皆さんを元気づけてあげたいと思います。
 

鈴木 康之
(静岡県在住・59歳)
今から5年前、1988年5月ころから全身に不調を感じるようになり、食欲の衰えを感じだしました。以前から妻に病院に早く行くようにいわれていましたが、私は生来の医者嫌いです。しぶしぶ検査に出かけたところ、思いも寄らぬ胃ガンの診断。それも入り口に大きい腫瘍があるようなので、すぐに胃の全摘手術を受けました。
半年の余命の宣告が5年に!もっと生きたい・・?BR>「胃ガン発覚から肝臓、大腸、リンパ腺へと次々に転移?/B>
3ヶ月で肝臓にある4つの腫瘍が消滅
から5年前、1988年5月ころから全身に不調を感じるようになり、食欲の衰えを感じだしました。以前から妻に病院に早く行くようにいわれていましたが、私は生来の医者嫌いです。しぶしぶ検査に出かけたところ、思いも寄らぬ胃ガンの診断。それも入り口に大きい腫瘍があるようなので、すぐに胃の全摘手術を受けました。
とで家族にきくと、主治医は?ヶ月くらいで転移しますよ」と伝えたそうですが、私がそれを知る由もありません。さっさと退院して1ヶ月ほどで電気工事関連の仕事に復帰しました。このとき友人から天仙液を紹介され飲み始めたところ、案の定すぐに肝臓への転移がわかり、もっと早くに知っていればと悔やんだものです。
入院して調べた結果、手術が難しい部位に腫瘍があるため、お腹にリザーバーを埋め込んでカテーテルで抗ガン剤を肝臓に送り込むことになりました。ところが、身体が苦しいだけで何の効果があるのか私には納得ができませんでした。
「それなら自分の信念に賭けてみよう」と天仙液を3ヶ月間、毎日8本ずつ飲みつづけました。すると驚いたことに4個あった腫瘍が消えているではありませんか。私はもちろん家族も、うれしくて心の中で快哉を叫んだものです。
方、天仙液の事を知らない医者は抗ガン剤が効いたと勘違いしたらしく、引き続き治療を受けるよう説得してきましたが、私はこれをきっぱり断りました。病院側は態度を硬化させたものの、それでも、以後2年間は天仙液のおかげで仕事に熱中できたのです。
 

米田 厚彦
(東京都・会社員・64歳)
この5年間に受けた2度の手術で私の体はすっかりやせ衰え、体力が落ちたことを自覚しました。それに「肺の手術ほど術後が辛いものはない」と周囲の人たちから聞かされていた通り、術後の体の痛みたるや聞きしにまさるもの。退院から約1ヶ月半ほどは、寝ても起きていても胸と背中の激しい痛みから開放されることはなかったのです。
「それみろ、天仙液の効果たるや、ざっとこの通りだ」
どこにも異常ありませんね。これなら次の検査は6ヶ月先でいいでしょう。腫瘍マーカーもすっかり改善されましたから」
国立ガンセンター中央病院(東京・築地)の担当医の言葉を聞いて、私は内心、快哉を叫ぶ思い。そして自分にこう言い聞かせていました。「それみろ、天仙液の効果たるや、ざっとこの通りだ」と。
つのマーカーは手術後3ヶ月の検査のときから正常値だったのですが、あとの1つ、CA125は95と高かった(正常値は35以下)。
月中旬から天仙液を飲み始めたのですが、5月に受けた検査では、42、7月の検査では33と下がって、ついに正常値内に収まっていた。だから、もうそんなに心配することはない、これなら2ヶ月おきだった検査を6ヶ月おきにしても構わないだろう、と言うのが医師の言葉の意味。私が天にも昇る思いでこの言葉を聞いた理由はこれです。

はここ5年間に2度、ガンの手術を受けました。最初は1998年9月に大腸のS状結腸ガン、2度目が今年2月に転移性肺ガン。つまり最初の大腸ガンから4年たって、肺への転移が発見されたのです。

初の手術から4年間は検査のたびに「異常なし」と言われ、私自身も「もうガンから逃げ切ったのではないか」という思いがあっただけに、転移の告知は青天の霹靂であり、ハンマーか何かで頭を殴られたようなショックを受けました。しかし、2度とも早期発見と言ってよく、いずれも手術だけで抗ガン剤や放射線治療などの必要は無かったのは不幸中の幸いでした。
肺の手術は、右下肺に3センチ大の転移が見られたため、肺1枚をそっくり切除したほか、左下肺の隅にも1センチ大の転移が見つかったため、こちらも一部を切除するというもの。5時間かかりました。

の5年間に受けた2度の手術で私の体はすっかりやせ衰え、体力が落ちたことを自覚しました。それに「肺の手術ほど術後が辛いものはない」と周囲の人たちから聞かされていた通り、術後の体の痛みたるや聞きしにまさるもの。退院から約1ヶ月半ほどは、寝ても起きていても胸と背中の激しい痛みから開放されることはなかったのです。

こで私は、この痛みをなんとか和らげると同時に、体力を付ける方法はないものかと考えました。さらに私には「もう転移はごめんだ、肝臓や膵臓などへの転移は絶対に繰り返したくない」という強い思いもありました。「これらの条件を満たしてくれるもの、それは天仙液以外にはありえない」・・・・・私はそう結論付けました。

仙液については私は以前から一応の知識がありました。私が勤務する新聞社(夕刊紙)では、かなり以前から他のマスコミに先駆けて天仙液を取り上げ、その著しい効果などを詳しく紹介していたからです。

用は1日2本ずつ。すると半月後くらいから体調に変化がありました。胸と背中の痛みが和らぎだしたのです。気のせいか体力もぐんぐん付いてきた感じがして、3月末から職場復帰していた私にとって、仕事もそれほど辛く感じませんでした。それだけでも十分有り難い、との思いが強かったのですが、冒頭に記したように腫瘍マーカーの改善という新しい事実が加わったのです。そのことがどれだけ私にとって喜びであり、回復への自身と希望となっているか分かって頂けたと思います。今後も天仙液の服用を続けていくつもりでおります。
 

木脇 教道(79歳)
検査の結果、主治医からは、進行性の食道ガン末期で、大きさは5・5cmと告げられました。告知を受けた時は、非常にショックで目の前が真っ暗になり、奈落の底に落ちた思いでした。私の人生もこれで終わりかと、淋しい気持ちでいっぱいでした。同時に、妻や子供達の事、家のことなど様々な事が脳裏をかけめぐり、一抹の淋しさがありました。
「ここでは死にたくない。」と、自ら強行的に退院
思えば、99年の8月頃から、食事を摂ると胸がヒリヒリとしていたのが、ガンの兆候だったのでしょうか。その時は、胃の調子が悪いのだと思い、気にもとめずに胃薬を服用していましたが、改善されませんでした。「何か様子が変だな」と思いながら過ごしていたのですが、2000年の4月頃から、食べ物が喉につかえ、吐き気の繰り返すようになったので、総合病院で検査を受けることにしました。検査の結果、主治医からは、進行性の食道ガン末期で、大きさは5・5cmと告げられました。告知を受けた時は、非常にショックで目の前が真っ暗になり、奈落の底に落ちた思いでした。私の人生もこれで終わりかと、淋しい気持ちでいっぱいでした。同時に、妻や子供達の事、家のことなど様々な事が脳裏をかけめぐり、一抹の淋しさがありました。
治医の説明では、私の住んでいる島内の病院では治療を行うには、設備等が不充分との事で、京都の大きな病院を紹介してくれることになりました。
そんな時、娘がインターネットで天仙液の事を見つけ、本屋さんで、「ガンに克つ・抗がん漢方の驚異」を購入してきました。さっそく書籍と、送られてきた資料を熟読し、天仙液にかけてみようと決意しました。
月初旬に、紹介された京都の病院に入院し、初めは手術を勧められましたが、手術をしてもガン細胞は完全には除去できないと言われていたので、手術を断り、放射線治療を選択しました。入院と同時期に天仙液が届き、藁にもすがる気持ちで、医師には内緒で天仙液を飲み始めました。放射線と化学療法を、繰り返し繰り返し受けました。しかしながら、食道から左胸の方に1pくらいの転移がいくつか見つかってしまったのです。入院して、2ヶ月が過ぎた頃、妻と息子が電話で呼び出され、主治医から「治療の効果がよろしくなく、食道ガンのほうも8.5cmと大きくなっていて、大動脈瘤のほうへ食い込んで、壁を突き破った時は出血してしまい・・・」と、生命の終わりを告げられました。私も同じことを聞き、気が遠くなっていたものの、「ここでは死にたくない。」と、自ら強行的に退院しました。
郷の病院に戻り、胸の炎症を抑える治療と、栄養点滴を1ヶ月間ほど受けました。その間、がん治療と思えるものは、天仙液しかないのですから、もちろん、これは欠かさず飲み続けていました。
院して1ヶ月ほどの頃から、今まで全く摂れなかった食事も、おもゆが食べられるようにまでなり、身体も日々回復していることを感じはじめました。
そして遂に退院できるまでに回復し、家に帰れる日を迎える事ができました。我が家でリラックスしながら、天仙液治療のみを続けた結果、叙々に、普通の食事が出来るようになり、体調も、ますます良くなってきました。自分では「ガン細胞が消滅している!」と、確信に近いものがあったものの、なかなか検査を受ける勇気がありませんでした。
退院してから一年後の2001年8月、妻と子供達から強引に検査を受けるように勧められ、不安を持ちながらも思い切って検査に望みました。
して、検査結果を見ながらいわれた「ガンが消滅していますよ。」この言葉を主治医から聞いた時は、飛び上がらんばかりに嬉しくて、子供のように、はしゃぎました。
何の治療もせずに、天仙液だけを頼ってきたガンとの闘いでした。間違いなく天仙液のお蔭だと、感謝感謝の気持ちで目には涙が一杯になりました。神様、天仙液様、ほんとうにありがとうございました。
 

掛川 なぎさ
(長野県・英会話教師)
4年ほど前の定期検査でガンに変化していると告知を受けたのです。主治医の先生から告げられた時は、はかりしれないほどのショックで、頭の中が真っ白になりました。まさか自分がガンになるなんて・・・。その頃は、自分で始めた英会話教室も忙しかったこともあるのですが、何しろ小さな子供をもつ母親としてどうしたらよいのか分らず、泣いてばかりの日々でした。
天仙液は、勇気や希望を与えてくれる心と身体の活力剤
仙液を飲み始めて4年が過ぎました。二〇歳頃から甲状腺腫を患っていたのですが、4年ほど前の定期検査でガンに変化していると告知を受けたのです。主治医の先生から告げられた時は、はかりしれないほどのショックで、頭の中が真っ白になりました。まさか自分がガンになるなんて・・・。その頃は、自分で始めた英会話教室も忙しかったこともあるのですが、何しろ小さな子供をもつ母親としてどうしたらよいのか分らず、泣いてばかりの日々でした。
治医からは、「進行がそれほど速くないので手術をすれば治ります」と言われたものの「何度手術するのだろう。成功しなかったらどうしよう・・・」などと悩みは尽きません。そんな時「何回の手術でも一緒に頑張ろう」と支えてくれたのは主人でした。考えてみたら、この告知にショックを受けたはずの主人は、そんな顔一つせずに、ガンに関することを黙々と調べてくれていたのです。
術は甲状腺の2/3と、リンパ節やリンパ線を切除するというもので、6時間ほどかかりました。幼心にも母親の状況を察したのでしょうか。幼稚園に通う息子は、手術の間、病院の階段を行ったり来たりと落ち着かない様子だったようです。手術は無事成功に終わりましたが、手術後はとても疲れやすく、しびれ感がぬけないため、一日に何度も横になる生活が続きました。子供や、仕事のことなどを考えると、今後の再発や転移が不安で、痛みに加えて精神的にも辛い毎日が続きました。
気をしてからというもの、周りの方々が、健康食品や身体に良い水などをいろいろと紹介してくださいました。身体に良いものなら何でも試そうと、あらゆるものを手にしました。天仙液もその中の一つでしたが、飲んでみたところ、どんなことをしても取れなかったしびれや痛みがすぐになくなったのです。これには本当にびっくりしました。そして、これは他の健康食品とは絶対違う。と実感したのです。飲んでいると、体調も良く、健康的になれて、太れるようにもなりました。家族もそんな私を見て「天仙液を飲んでいるから大丈夫」と言って、励ましてくれています。
在も半年に一度、CTやエコー、MRIの検査を受けていますが、再発や転移の心配も一切なく、良い状態で暮らしています。私は他に子宮筋腫もあり、これが悪化しないためにも天仙液を飲み続けています。天仙液は私にとって、不安や絶望感から勇気や希望を与えてくれる心と身体の活力剤として大きな支えになっています。色々試した結果、自分の実感を信じて続けることが何よりも大切だということが分りました。
私にとって家族は支えであり、励みであり、かけがえのないものです。これからも家族の笑顔を見続けるためにも笑顔で毎日を過ごしたいと思っています。
 

詞詞j
(台湾・71歳)
父は長年の胃病に悩み、手術も受けた為、常に飲食には注意しておりました。一九九五年、盲腸手術の後痛風になり、様々な治療を受けましたが、一向に治る気配はありません。
旅行に出られるほどに!
は長年の胃病に悩み、手術も受けた為、常に飲食には注意しておりました。一九九五年、盲腸手術の後痛風になり、様々な治療を受けましたが、一向に治る気配はありません。
〇〇〇年、痛風の悪化で受診するとGOT・GPT値が異常といわれ、精密検査の結果、C型肝炎から肝硬変を移行しての肝臓ガンと診断。腫瘍の大きさはニ〜三pほどでした。高齢と血小板過少の為手術はできず、二〇〇一年二月、唯一の方法といわれた動脈塞栓術を受けました。しかし、退院後上腹部の膨脹、腸閉塞、静脈曲張、不眠などに苦しみ、父自身も覚悟を決め、身辺整理を始めました。
月、「塞栓術の効果が見られない」と言われ、保険適応ではない電気療法を勧められました。塞栓術を施した結果、身体はボロボロになり、「効果がない」という答えに、不信感と怒りはおさまりませんでした。医師任せにリスクを感じ、積極的に情報を集めました。そんな時、「一〇〇人の奮闘記:中文版」の新聞広告を見つけ、台湾支部に問い合わせ、天仙液と天仙栓を購入しました。天仙栓(一日一ヶ)は違和感のため中止し、一日四本の天仙液を利用して三週間後、腰痛が緩和された様子でした。
月上旬、腹部エコー検査で「腫瘍が縮小した」と言われ、旅行に出られるほどに体力が回復しました。振り返ると、患者と家族の積極的な情報収集が大変重要であると改めて感じました。
 

Thidarat Munploy
(タイ・教師・47歳)
疲労や眩暈、血痰が出始め、一九九六年一一月二四日に鼻腔ガンU期と診断。一九九七年一月一〇日より三七回の放射線治療を受けましたが、顔や首の皮膚が黒化し、体重は五九sから四一sに減少。更に唾液腺両側のリンパ節が全焼し、唾液が出ない為に口が渇き大変な苦痛でした。
正しい治療方法と効果の高い漢方薬の併用
労や眩暈、血痰が出始め、一九九六年一一月二四日に鼻腔ガンU期と診断。一九九七年一月一〇日より三七回の放射線治療を受けましたが、顔や首の皮膚が黒化し、体重は五九sから四一sに減少。更に唾液腺両側のリンパ節が全焼し、唾液が出ない為に口が渇き大変な苦痛でした。
いに治療効果がよく、仕事復帰できるまで回復しました。
一九九九年初頭、再び視力低下、耳鳴り、頭痛等の症状が出始め、検査の結果「鼻腔ガン再発、W期」と言われました。七月三日、納得できずに受けた他病院での再検査でも同じく再発、更に頭蓋骨転移も判明。しかし、体力がない為、放射線治療は一五回が限度と言われました。
回目の治療後、左耳の神経が焼かれ、耳鳴りが続く上、激しい嘔吐で飲食ができず、手足の震え、倦怠感等から要介護となりました。「死にたい」という気持ちも沸き起こる中、同僚が見舞いに訪れ、癌病に有効な漢方:天仙液を紹介してくれました。早速天仙液と天仙丸三号を購入、一日に天仙液六本、天仙丸一二粒を服用し、放射線治療三〜六クールを併用しました。以前のような不快感はなく嘔吐も治まり、体調は徐々に回復しました。その後自分の判断で天仙液を四本に減らし、タイ支部のアドバイスにより天然營養液一日二本を追加しました。二〇〇〇年六月三〇日、MRI検査の結果、腫瘍が縮小したとの朗報を受けました。この朗報を直ちに、タイ支部のスタッフに連絡すると、喜びの声と共に今後のアドバイスもいただきました。
調が良いため、手元にある製品を飲み終わった頃、姉から中国旅行の帰りに中国国内で購入した天仙液をもらいました。疑いもなく、一日二本を服用しました。しかし、やっと病魔から解放され、回復の喜びを味わっていた頃に、家庭問題が起こり、二人の子供を引き取り、精神的苦痛と生活のストレスから体調を崩し始めました。
〇〇一年一月一三日、定期検査で腫瘍が拡大したと言われ、途方にくれました。放射線治療を受け天仙液も服用しているのに、なぜ病状が悪化したのか納得できず、タイ支部に連絡をとり、様々な話より服用している天仙液が偽物だと分かりました。生きるため、医師の勧めに従い、SRT治療(放射線治療の一種)を受けながら、天仙液を併用しました。治療による副作用もなく、体重も増えました。
月一二日は、私の四七歳の誕生日でした。この日を迎えることは夢のようでした。癌病を告知されて五年、天仙液のお陰で治療の辛さと体調不良から解放されました。
恐いのは癌でなく闘う勇気がないことで、正しい治療方法と効果の高い漢方薬の併用で癌病は治ります。
 

佐藤 健
(岩手県・75歳)
私は七十五才ですが、健康には自信があり、趣味の囲碁(五段)はどこかで囲碁大会があるたびにバイクでかけつけて参加しておりました。それでも毎年、町が実施する定期検診には、かかさず受診しており総合判定は毎年Aで健康には何の不安もありませんでした。 昨年の六月にあった定期検診も気軽に受診し、その結果、例えば悪くいっても以前多かったことのある中性脂肪が多少多めだという程度の事であろうと軽く考えておりました。
肺がん闘病体験記
は七十五才ですが、健康には自信があり、趣味の囲碁(五段)はどこかで囲碁大会があるたびにバイクでかけつけて参加しておりました。それでも毎年、町が実施する定期検診には、かかさず受診しており総合判定は毎年Aで健康には何の不安もありませんでした。 昨年の六月にあった定期検診も気軽に受診し、その結果、例えば悪くいっても以前多かったことのある中性脂肪が多少多めだという程度の事であろうと軽く考えておりました。
月末、忘れた頃に結果を知らせる連絡が入り開封して見て仰天いたしました。 結検、肺がん検診で不審なものが見られるので至急、大きな病院で精密検査をしてもらうようにという連絡でした。これは中性脂肪どころでないと早速、病院へかけつけました。 病院のレントゲン検査の結果は「この写真の一枚や二枚では判定しにくい。入院してもらって精査したい。」ということでした。
成十二年九月四日に入院してから十一月二十三日まで入院し、その間に気管支ファイバーはじめ、胃カメラ大腸カメラ検査、特に念入りに頭部のCTや胸部のCT、腹部エコー、心エコー、頭部と腹部のMRI、全身の骨シンチ、転移しやすいと言われている頭部や肝臓など綿密に精査した結果、いまの所、ガンは他への転移は認められないということでした。あらかじめ「もし肺ガン等であったなら、その際ははっきりと知らせて下さい。」と言っておいたので詳しく説明をしてくれました。その説明によりますと、「精密検査を総合的に判断して肺ガンであり、肺ガンのなかでも腺ガンというもののようです。」ということでした。腺ガンというものは肺の奥の方でしかも細く枝分れした所にできたガンで初期は自覚症状もなく早期に発見されるのは定期的な検診で発見されることが多く、しかも他のガンにくらべて肺ガンは転移しやすいので、佐藤さんの場合は早く発見されて幸運でした。」と言われました。やはりガンの早期発見の為には、定期健診が大切だという話でした。
に腺ガンは血痰や咳が止まらないなどの自覚症状が出てからではすでに手遅れの場合が多いという話しでした。 それに対して、肺の入り口に近い所に出来るガンの多くは扁平上皮ガンや小細胞ガンといわれるもので比較的症状が出やすいので、割合早期に発見されるものの転移も早く発見されたときはすでに手遅れという例も多いそうです。「一般の例はそのようなものですが例外もあり、やはりガンとはなかなかな曲者ということになります。」という説明でした。それらの事はともかく「佐藤さんの場合はレントゲンやCTで見ると左右両方の肺にそれぞれ三センチメートル位のスリガラス状の陰影があり、それが肺ガンらしきものであって、一ヶ所なら手術は可能であるが、左右に見える肺ガンの場合は、例え小さいものであるにせよ、手術によって左右の肺ガンを切除することは体力的にいってもむずかしい。 さしあたり抗ガン剤で抑えておこうという話しでした。三センチメートルというのは直径ではなく、巾一センチメートル位のその横への長さと言う話しでした。
に左の方の肺ガンらしきものは毛羽だっている。この毛羽だっているガンはたちが悪く転移しやすいと言われているので、常に観察を怠らず当面はやはり抗ガン剤でという話しでした。説明によれば肺ガンは特に手術が決め手であるという。それが左右両方にある肺ガンの場合は、例え小さいものであるにせよ手術によって切除することは出来ないものとすれば結局、抗ガン剤等でがんばってもらわなければならないということでした。つまり抗ガン剤や化学療法、放射線療法に頼らざるを得ないし、幸い抗ガン剤等によって縮小なり快方に向かうのは数少ないといわんばかりの話し振りで、甚だ心細い限りでした。そのほかにこんな説明もしてくれました。右の方の肺は三つの部屋に分かれているし、左の方の肺は二つの部屋に分かれています。
ガンを手術によって切除すると言うことは、肺ガンのある部屋をそっくり取るということで、肺ガンの部分だけをとるということは目に見えないガン成分を残すことになるし、その外の理由からその部屋そっくり取った方が安全だということでした。その前にどんな小さな肺ガンでも左右の肺ガンを手術で切除することは体力が持たないから出来ないという事でした。
院ではあなたのような人の場合は、だんだんと症状が出てきたらそれに対処して抗ガン剤や放射線治療などで治療しましょうということのようでした。症状と言うのは初期の場合、痛みはないが、ガンが進行してきてガンの細胞が増大し大きくなってくると周囲の臓器を圧迫しだしたり、更にもっと悪化して周囲の臓器を破壊したりしだしたら痛みを感ずるようになってくるということだそうです。
れにしても普通の健康な細胞は増えもせず減少もせずに常に新陳代謝を繰り返し、健康増進に貢献し活動しているのに対し、がん細胞は現状維持どころか、どこまでも転移し増え続けていくとは全く腹立たしい限りです。症状が出てきたならそれに応じて処置していきましょうということでは座して死を待つに等しいしこれでは病院だけを頼りにしてはならない。何らかの方法を探り出さねばならないと毎日が不安の連続でした。新聞広告などではいろいろと健康食品が毎日のように掲載されていて、これもどれが良いか迷う毎日でした。ガンに関する本を何冊か買い集めて読み、熟考を重ねた結果、西洋医学でだめなら漢方での治療しかないのではないかと結論付け、早速漢方医学の本の中で出合ったが天仙液であり、また天仙液にめぐり合ったのは非常に幸運でした。中国が何千年もかけてガンと闘ってきた実績と薬草の研究、さらに王振國先生の科学的データに基づいてのガンの研究は中国政府も認可しているガン治療薬を生み出し、他の追随を許さざるものがあります。現に私が、そのうちの一つである天仙液を服用いたしまして、その効果が、鮮明に現れています。他の健康食品もそれなりの効果はあるにしても、王振國先生の研究は微に入り細にわたり説明されており、率直に言って、どのようなメカニズムでガン細胞が殺傷されるのか明確でないにしろ、私の体験からその効果は疑う余地がありません。
に毛羽立っているガン細胞は転移するのも拡大するのも早いと病院の医師たちが口を揃えて言っている私の肺ガンが、わずか数ヶ月間、天仙液を服用しただけで転移も拡大もせず、むしろ縮小に向かってきているのは、退院後、服用し始めた天仙液の効果が現れているというより外ありません。食事も退院以来、今日まで何を食べても美味しく頂けてまさに、快食、快便、快眠で現在は健康な人と全く同じ生活をしております。入院中は抗癌剤の点滴を二週間ごとに一回実施し、それを三回繰り返し点滴をしてきました。そのたびに、白血球は二千位まで下がり、翌日から白血球が通常にもどるまで毎日注射をしますし、抗ガン剤のために食欲は減退し、胸がむかついて吐き気もし、髪こそそんなに抜けなかったものの抗ガン剤というものは、かなりのつらさを伴うもののようです。入院中はレントゲンを前方からと横からの二方向からとり、CTも期間をおいて胸部を二枚とりました一応経過も特に変化は無く良好ということで、八十一日間の入院生活に別れを告げてきたのでした。入院中や退院後も病院からもらってくる薬は効果の程はともかく毎日三回服用はしております。
院からの薬は日本のどこの病院でもだいたい同じようなものかと思いますが、このような薬を飲んでおります。ムコダイン錠五百ミリグラムとアクディームカプセル九十ミリグラムは食後に一日三回、クラリス錠二百ミリグラムは朝夕食後に二回です。ムコダインは痰や鼻汁、耳にたまった液を出しやすくする薬で、アクディールカプセルは痰の切れや鼻汁の出を良くしたり炎症を抑えたりする薬であり、クラリス錠は菌を殺し感染を治療する薬で免疫力を調節したり、痰を抑えたりする作用もあり、抗生物質だという説明がありました。これらの薬を退院後も毎日、服用してはおりますが果して肺ガンにはどれだけの効果があるかわからず、これも甚だ心細い限りです。
しや肺ガンには何の効果も無く気休めに飲めというのではなかろうか、などと疑心暗鬼の毎日です。幸い私には天仙液があり、これでどれだけ安心した生活を送っているかわかりません。退院前にとったレントゲンと退院後、二・三回とったレントゲンを比較してみても、入院中のものはガンがはっきりと写っているのに対し、退院後の五月ごろにとったものと比較してみて私の目でさえ薄くやや小さくなり、明らかな好転が見られるのは天仙液の効果が出てきたのではないかと思っております。
今後も二ヶ月か三ヶ月に一回、二方向からレントゲンをとり、経過を見守っていくということでした。
尚、天仙液のほか、やはり日常生活の食事には特に気をつけなければなりませんが、基本はガンの喜ぶような食べ物は絶対とらないし、逆にガンの嫌がる食べ物はよく食べるようにすることが基本です。この事は天仙液の説明書には明確に説明されておりますが、積極的に食べた方がよい食べ物はニンニク、シイタケ、酢、豆類製品で、反対に食べない方が良い食べ物は、カニ、鶏の皮、トウガラシ、酒などで、私は退院後は飲む機会の多い酒類も一滴も飲まず、禁じられている食べ物は一切口にしておりません。反対に体に良いといわれている食べ物は、色々と料理にも工夫し積極的に食べるように心掛けております。病院からの薬も大体は真面目に飲んではおりますが、例えば病院の薬は飲み忘れることがあっても、天仙液だけは飲み忘れは絶対にない。この心掛けも大切なものの一つです。
はりガンという強敵に立ち向かっていくには食べ物一つをとっても、それなりの努力と忍耐が必要で、常に闘う姿勢を堅持する心構えを持続したいものです。おかげで先日のレントゲンでも確かに好転しているとはいうものの、これからは年齢的に見ても体力は弱くなる一方だし、衰弱してくればどんなきっかけでガン細胞が増殖してこないとも限りません。
をとってくるとこのような余計な不安もありますが、年のため、例えば肺ガンが消え難いとしても天仙液の効果で明るく前向きにプラス思考でガンと共存共栄していこうではないかとも考えています。肺ガン発見以来、一年以上経過し、天仙液の服用をはじめてからも半年以上経過しました。西洋医学の常識から言っても本来はもっと多かれ少なかれ病状が進行して行っても当然というようなことですが、一年前より好転しているのは、やはり天仙液の効果でしょう。規定の通り天仙液の服用本数を守り、天仙液と共に今後の老後を楽しく暮らしていこうと思います。現に私と同じ部屋に入院していた友人は、病名も同じで年齢も同じような元気な人でしたが、肺ガン発見以来一年余りで死亡いたしました。天命とはいいながら一方は元気で、一方は死亡するというのは、そういう運命かも知れませんが、これも天仙液の服用の有無が生死の明暗を分けたのではないかと、ひそかに思いをいたしているところです。
衰は避けられません。しかし天仙液の服用で比較的安楽な天寿を全うしたいと考えています。残りの人生はわずかながら今後も天仙液を懐に入れて各地の囲碁大会にかけつけ、気力の充実した人生を完了したいと考えております。
 

木曽原 三千年
(三重県・会社員・69歳)
「実は、父さんはあと半年の命だって、医者から言われていたんだよ」 最近、元気になった私に、息子がしみじみと語りました。 場所は右肺の一番下の動脈近く、腫瘍の大きさは七〇×六〇o、すでに第V期でした。一九九九年三月に手術をしたものの、取り切れなかったため、四月から抗ガン剤、放射線治療を加えました。
家族の愛によってガンが消えた
実は、父さんはあと半年の命だって、医者から言われていたんだよ」 最近、元気になった私に、息子がしみじみと語りました。 場所は右肺の一番下の動脈近く、腫瘍の大きさは七〇×六〇o、すでに第III期でした。一九九九年三月に手術をしたものの、取り切れなかったため、四月から抗ガン剤、放射線治療を加えました。
仙液を飲み始めたのは、五月のことで、入院して治療の真っ最中のことでした。ちょうど東京に住んでいる息子が、インターネットでいろいろな情報を集め、自分で吟味し、効果があると思われるものをたくさん紹介してくれたうちの、その一つが天仙液だったのです。
仙液を飲み始めてから、それまでの副作用がだんだんとなくなり、食事が美味しく感じられるようになりました。体力も回復してきました。そして、六月に退院したときは、腫瘍の大きさは半分になりました。退院後も天仙液の服用を続けたところ、昨年十二月、今年三月のCT検査では影が完全に消えていました。
京にいる息子からは、頻繁に私のもとに「天仙液、ちゃんと飲んでいる?」という電話が入ります。私は「もちろん、ちゃんと飲んでるよ」と元気よく答えています。今では働けるようになり、老人会の集まりや旅行などにも参加していますし、昨年まで役員をしていた会社からは復帰するよう何度も誘われるなど、周囲からは「とても病人には見えない」と言われています。
うしてガンが消えたのは、天仙液はもちろんのこと、息子をはじめ私の看病をしてくれた妻のおかげ、と改めて家族に感謝する毎日を送っています。 特に、息子には感謝しても感謝しきれません。息子の部屋にはガンに関する本が山のようにあり、天仙液以外にもいろんな治療法を紹介してくれました。仕事で忙しいなか、私のために、ここまでやってくれたのかと思うと、われながら自慢の息子を持ったものだと感じます。
ともと私は不精者なので、病気の説明や治療についても妻や息子任せでやってきました。自分のことなのだから自分でやろうと思っても、長年の性格はそう簡単には直りません。しかし、妻と息子の言うことを聞いて、これからも元気に前向きに生きていこうと思っております。
 

馬 美玉
(タイ・バンコク市・主婦・46歳)
のどの調子がおかしいので病院で診察してもらったところ、医師が「軽い炎症です」と炎症を抑える飲み薬を渡してくれました。その後も、のどの不快感は消えなかったのですが、子育てや夫の世話にかまけて、再度検査することはしませんでした。それが、のどのことなどすっかり忘れてしまった一九九五年九月のこと、首のあたりが蚊にさされたようにかゆくなり、我慢できずにひっかいたところ、皮膚が破れて出血してしまいました。しかし、血がいつまでも止まらないので病院に行くと、リンパ腫であると診断されたのです。翌月には、手術で三ヶ所あったリンパ腫のうち二つは切除したのですが、もう一つは大動脈のそばということで、手術は見送られました。
「本物の天仙液」で腫瘍が縮小
どの調子がおかしいので病院で診察してもらったところ、医師が「軽い炎症です」と炎症を抑える飲み薬を渡してくれました。その後も、のどの不快感は消えなかったのですが、子育てや夫の世話にかまけて、再度検査することはしませんでした。
れが、のどのことなどすっかり忘れてしまった一九九五年九月のこと、首のあたりが蚊にさされたようにかゆくなり、我慢できずにひっかいたところ、皮膚が破れて出血してしまいました。しかし、血がいつまでも止まらないので病院に行くと、リンパ腫であると診断されたのです。翌月には、手術で三ヶ所あったリンパ腫のうち二つは切除したのですが、もう一つは大動脈のそばということで、手術は見送られました。
い、夫が政府関係の仕事をしていた関係で、比較的生活に余裕がありましたので、化学療法などと併用して漢方薬を使ってみようと考えました。というのも、そんな時にインターネットの「漢方」の情報で天仙液を知ったからです。 さっそく、バンコクのチャイナタウンにある薬局を訪ねて相談したところ、やはり、お店の人も天仙液を勧めてくれました。ところが、その天仙液を服用したところ、良くなるどころか、痛みがだんだん強くなり、病状は明らかに悪化してしまいました。あの時の失望感は今も忘れられません。薬局に抗議に行く気力もなくしてしまいました。
んなある日、何気なく香港の新聞を見ていたら天仙液の記事が目に入りました。
「またインチキ記事じゃないの」と思って、記事の写真を見るとパッケージなどが、私の飲んだものとは、明らかに違いました。記事の内容も、どうも私の飲んだものと違うようなので、夫に頼んで香港の新聞社に電話してもらいました。
の結果、私がチャイナタウンの薬局で買わされたのは偽物だということがわかったのです。新聞の記事でも、天仙液は偽物が多いこと、また、本物には、確かな抗ガン漢方薬としての実績があり、さらに、中国の大学病院やアメリカの研究機関などでの臨床例もあることなどがわかりました。
そこで、新聞社に香港にある世界総販売元の電話番号を尋ね、直接、天仙液を送ってもらうように手配したのです。数日後に送られてきたものは、間違いなく、新聞に載っていた写真と同じ、「本物の天仙液」でした。
はり、天仙液の効き目は本物でした。一番気になっていた痛みが、服用後一ヶ月ほどでほとんどなくなり、その後も半年ほど飲み続けていたら、リンパ腫の縮小も確認されたのです。化学療法も続けていましたから、天仙液だけの効果とは言い切れないかもしれませんが、私は天仙液が効いたと確信しています。
んなこともありました。どんどん病状も良くなってきたので、もう天仙液を飲まなくても大丈夫と、自分勝手な解釈で化学療法だけにもどしたのですが、あっという間に体力が落ちて症状がみるみる悪化し、せっかく消えた痛みがでてきてしまいました。検査の結果も、リンパ腫が再び大きくなっていました。そこで、あわてて天仙液の服用を再開しました。こんな経験をしてからは、本当に治るまで天仙液をやめようなどとは思わなくなりました。
在は、天仙液を基本にして、体調などによって、天仙丸や天仙栓を併用しています。リンパ腫の腫瘍は縮小し、手で触ってもどこにあるのかわからないほどです。
 

久禮 文博
(東京都・会社員・59歳)

★天仙液の体験談の本を出版されています
一九九七年八月、「胃ガン」、しかも「進行中」と診断が下り、手術を受けました。二年後には腹部大動脈周囲のリンパ節へ転移し、「余命半年から一年」との宣告を受けました。 そこで、病院の抗ガン剤と天仙液を併用し、ガンの克服を目指して、治療を開始しました。その結果、三ヵ月後には腫瘍の縮小が確認され、今年三月末には「さらに縮小中」という願ってもない朗報を得ることが出来ました。
完治を目前にして!
の闘病生活(胃ガン、転移ガン)は2003年8月で7年目を迎えました。そして、検査で確認されていたガンは全て『消滅』状態にあります。けれども転移したガンから新たな場所へ再転移が予想されるので、現在はそのための治療に励んで居ます。しかし、幸いにも再転移の兆候は全く確認されていません。
の起こりは1997年7月です。検査の結果「相当進行中」との診断付で「胃ガン」を告知され、8月に手術を受けました。そして、2年後には「腹部リンパ筋」に転移(余命は半年から一年)を宣告されたのです。治療的には「手術や放射線治療は不可なので薬に頼るしかない」とのことでした。そこで、私は以前から代替医療に興味を持ち、「自分に合った治療法が必ず在るはずだ!」との信念を燃やしながら様々な情報を検索してきたこともあって、「効く確率の高さと信頼性」を重んじて抗癌漢方薬・天仙液を選び抗癌剤治療と併用させました。
直に申して、転移を告知された時は、真剣に「死」を覚悟しました。そこで、治療的には「天仙液の併用」が最良の取り組みであるとの納得性の元で、『最悪の場合半年間という期限付きの命であるならば(今)を楽しく気分良く生きて行こう。惨めな死に方だけは止めよう。』と心に誓いながら、グイッと、気持を前向きに押し出しました。
果は見事に私の期待に応えてくれました。天仙液と抗癌剤+久禮流元気療法を開始してから3ヵ月後の検査で「縮小している」との診断がでたのです。思わず感激で瞼が潤んだほどです。以来、順調に回復に向かいました。
私は天仙液を使うことに関して事前に主治医に報告していました。但し、今回の縮小効果が、「抗癌剤と天仙液の併用効果」か「抗癌剤だけの効果」か「天仙液だけの効果」であるかは立場によって意見が分かれるところです。しかし、私は素直な気分で「天仙液との相乗効果である」と確信して居ます。
にかく順調に回復してきたおかげで、その後において、不可となっていた放射線治療や手術までもが可能となったのです。そして、放射線治療では「ガン細胞の石灰化」が確認され、その後、生き残りのガン細胞(一個)も手術で摘出が可能となり2003年2月に緊急手術で摘出しました。
但し、今回摘出した「生残り」から新たな場所へ「再転移」の危険性があるので、現在そのための治療を行って居ます。最初のガン告知から6年が経過し、転移の告知から4年が経過しながらも「再転移」の兆候は全く確認されていません。『完治』へと順調に突き進んでいます。
こで、転移ガンがこれほど順調に回復できた要素は何であったのでしょうか。私は、病院の抗癌剤治療だけであったら、宣告通りに「半年から一年」の命で終わっていたと判断します。そこで、余命の枠を取り払って命の「永遠」化を実現できたのは、天仙液を併用したことが最大の要因であったと確信して居ます。
そして、西洋医学的な治療法と東洋医学など、それぞれの治療法を最大限に活用できたことが、勝利(完治)への道筋を確実にさせてくれたのです。更に、大切な要素として強調しておきたいことは、天下一品と自我自讃する「久禮流生きがい療法」も多大な役割を果たしてくれたことです。つまり、一番肝心な患者自身の生命力を最大限に活性化できたことで、抗癌剤や天仙液の薬効を高めるなど、ガン撃退の強力な武器となってその役割を果たすことができたことです。感激です。
、詳しい闘病の経過は「医者はガンを治せない!」で述べ、ガン克服の成果や教訓、あるいは「患者が望むガンの治療法とその在り方」などは続編「生還!」で述べて居ます。興味のある方はぜひともご一読ください。
叉、闘病記のホームページも立ち上げて居ます。インターネットを利用して、皆様と交流もできれば幸いです。
 

イディス・シー
(アメリカ・サンフランシスコ市・主婦・49歳)
一九九七年十月、生理の乱れと倦怠感が続いたため、婦人科で検査したところ、「子宮ガン」と宣告されました。 八年前、夫を一人残し、子どもとともにアメリカに渡ったのですが、その生活にも慣れてきたころでした。夫の母がガンで亡くなったため、日ごろから食べ物には気を遣い、運動も欠かさず行うなど、規則正しい生活を心がけてきたのに、 「なぜ、私がガンに!」。検査結果を電話口で聞いた時は、いきなり雷が落ちたようなショックを受けました。
二度のガンを経験して 〜「なぜ、私ががんに!」
九九七年十月、生理の乱れと倦怠感が続いたため、婦人科で検査したところ、「子宮ガン」と宣告されました。 八年前、夫を一人残し、子どもとともにアメリカに渡ったのですが、その生活にも慣れてきたころでした。夫の母がガンで亡くなったため、日ごろから食べ物には気を遣い、運動も欠かさず行うなど、規則正しい生活を心がけてきたのに、 「なぜ、私がガンに!」。検査結果を電話口で聞いた時は、いきなり雷が落ちたようなショックを受けました。
の後、病院で医師から、五年生存率の範囲内で、可能な限りの治療法をすべて説明されましたが、スラスラと機械的に語る口調から、私は一人の人間ではなく、「ガン患者」として扱われていると強く感じました。 もちろん、あくまでも自分の意思で治療法を選ぶのは、アメリカでは当然ですが、その根拠となるのは五年生存率だけです。「ガン患者というのは、こういう病院のシステムのなかで機械的に扱われるものなのだ」と痛感しました。 そこで、医師の言うことだけを鵜呑みにするのではなく、自分で徹底的に調べ上げてから、治療法を決めようと思いました。なぜなら、治療を受けるのも、病気を治すのも私自身だからです。 もう泣いてはいられません。冷静になって、たくさんの情報を集め始めました。
が選んだのは、子宮頸部円錐切除術という子宮の部分切除手術です。早期発見であったため、全部摘出する必要はありませんし、子宮という女性の機能をなくしてしまうことは、絶対に避けたかったからです。 それでも、あとで医師から、「転移を防ぐために、何年かしたら子宮も卵巣も取ってしまったほうが安全」と言われました。その言葉を聞いて、たとえ五年生存率ではそうであっても、子宮は絶対に残そう、そのためにガンと闘っていこうと決心しました。 しかし、その後、ハプニングが起こりました。手術痕から大量に出血し、止まらなくなってしまったのです。すぐに自分で車を運転し、病院に向かいました。今から考えれば神様が守ってくださったとしか思えないのですが、信号はすべて青。病院まで普通なら二十五分かかるところ、なんと十五分で着くことが出来たのです。病院では医師もびっくりし、「救急車を呼ぶくらいの出血です」と言いましたが、よく見ると車のシートは真っ赤に染まっていました。何もかも夢中で気がつかなかったのです。
すぐに手術を行い、傷口を治療しましたが、あと五分、病院に着くのが遅ければ命がなかったそうです。
の良さに感謝したものの、さすがに不安になりました。そこで、この一件の直後、九八年の一月中旬から天仙液を飲み始めることにしました。
そして、一ヶ月後の二月中旬、旧正月を祝うため故郷の台北に戻った時、当地の主治医に相談してみたところ、「子宮も卵巣も取る必要はない」とのこと。頻繁に検査を受けながら、その時々の治療法を受ければ十分だそうですし、さらに、アメリカに戻ってからも同じようにセカンド・オピニオン(主治医以外の医師の意見)を求めたところ、「必要なし」とのこと。これで、ようやく安心しました。
ほんのわずかの油断で再発
かし、しばらく経って、思わぬところで再発しました。 六月には、病気が治ったと勝手に自分で決めつけ、家族揃ってアジア旅行を楽しみました。この間、ガンには良くないといわれているエビやカニなどを食べたのがまずかったのでしょう。8月中旬に日本に立ち寄ったとき、突然、足の痛みや倦怠感に襲われました。
アメリカに戻ってからも続いたので、十一月に検査したところ、右側の乳腺にしこりができていました。三年前にも乳腺にしこりがあり、その時は漢方薬で治したので、今回もそれと同じかと思っていたのですが、念のため検査したところ、ガンだったのです。元気になった嬉しさのあまり、すっかり油断していました。天仙液も決められた時間はおろか、飲んだり飲まなかったりでしたし、食べ物にもあまり気を遣いませんでした。そこが甘かったと反省しましたが、後悔しても始まりません。 しかし、この一連の出来事は病気と闘う上で大きな教訓となりました。
て、医師からは、乳房の一部切除(脇の下のリンパ節を含む)プラス放射線治療と、乳房全摘の二つの治療法を提示されました。そこで、前回と同じようにいろいろ調べ上げ、一部切除を選ぶことにしました。
前からかかっている漢方医からは、全摘であれば経絡へかなりのダメージを与え、全身への影響が大きいが、一部切除なら少なくて済むとのアドバイスも受けていたからです。
九九年四月、検査を含めて二泊三日で行うという簡単な手術を行いました。手術後、すぐに天仙液を飲み出しましたが、家に戻ってから、だるくてなかなか眠れません。体の中に気が流れていない感じがしました。
そこで、天仙系列製品の一つである貼り薬の天仙膏を追加したところ、ようやく眠れるようになりました。
ヵ月後、放射線治療を開始しましたが、その最中は副作用で体調がかなり悪くなってしまいました。転移を防ぐために、肩からお腹まで放射線をかけていったところ、肝臓付近に痛みを感じるようになったのです。つぎに影響があったのは肺でした。もともと気管が弱かったため、息切れと咳がひどくなってしまいました。そして、とうとう腎臓付近にまで痛みが現れたのです。
計三三回、放射線を当てまし, たが、どうにも耐えられなくなり、途中で天仙丸と天仙栓を追加し、漢方医のところでマッサージを受けました。すると、だんだんと副作用が軽くなり、食欲も湧いてきましたし、気持ちにハリが出てきました。
「家族のためにも、自分のためにも頑張ろう」という思いが強くなり、無事に治療を終え、元通りの生活に戻ることができました。
ガンと闘う上で大切なこと
て、二度のガンの経験からガンと闘っていく上で大切なこととして、つぎのように感じました。
つ目は、治療法を選ぶときには、全身へのダメージが少ないものを選んだほうが良いと思います。可能であるならば、手術は一部だけにとどめ、別の治療法を追加するほうが体への影響は少なくて済みます。
特に、生殖器の場合、摘出してしまうとホルモンのバランスが崩れるため、一生、ホルモン剤を飲まなければなりませんし、そうなると、全身に影響が出てきます。また、私は自分の子宮や卵巣を自分で守ったという自負があるのですが、女性の場合、生殖器がなくなってしまうと、女性としての自信が喪失してしまう人も多いようです。その意味でも、できるだけ体への負担が少ない治療法が良いと思います。
つ目は、免疫力が落ちている時こそ、再発や転移しやすいことです。私の場合、旅行の最中で、疲れと生活のリズムが狂ったことが再発の原因だったと思っています。ですから、なるべく規則正しい生活を送ることが大切です。
つ目は食事に気をつけること。ガンに良くないと言われている食べ物は絶対に食べてはいけません。そして、なるべく肉類は控え、野菜、大豆類を多く摂り、バランスの良い食生活を送ってください。
つ目は、自分自身の気持ちのあり方です。私自身、ガンとわかった時に自分の命はもう長くないと感じたのですが、これが逆に自分の人生を見直すいいチャンスだったと思っています。自分の生活はもちろんのこと、自分自身についても、です。
実は、私の場合、これまですべてを完璧にこなさなければ気が済まなかったため、いつもストレスを溜めていました。しかし、病気になったら完璧主義ではやっていけませんから、自分の性格を振り返り、心の中を洗いざらい整理してみました。
その結果、たとえ完璧でなくても、努力をしたことに意味があると考えられるようになりましたし、性格も以前に比べてずいぶん柔らかくなったように感じます。
後に、家族との絆が病気を乗り切る上でいかに大切か、ということです。 たとえば、こんなことがありました。私が二度目のガン摘出手術を受ける二日前、病院から戻ると灯もつけずに夫が部屋で一人、泣いていました。 「なぜ、泣いているの?」と聞くと、「母親はガンで亡くなったけど、高齢だったから、悲しくても運命だとあきらめることができた。だけど、まだ若いお前がガンだなんて・・・・・。お前がいなくなったらとても不安だ」。 そして、「私は、お前を愛している。だから、ガンなんかに負けないという強い気持ちをもって、必ず生きていてくれ」と、大粒の涙が頬を伝うのもかまわず訴えたのです。 夫は仕事のため海外を飛び回る生活を送っており、アメリカへはたまにしか帰れません。それもつらいのでしょう。私は、この涙を見て、「夫と子どもたちのために絶対に治してみせる」と決心したのです。 今、私はとても元気に、楽しく暮らしています。これまでもつらいことはたくさんありました。ただ、そのなかからたくさんの大切なものを得ることが出来たのも事実です。ですから、ガンと宣告されても、医師から匙を投げられても悲観することはありません。
望は必ずあります。「絶対に負けない!」という気持ちを持って、私と一緒に闘っていきましょう。
 

, たが、どうにも耐えられなくなり、途中で天仙丸と天仙栓を追加し、漢方医のところでマッサージを受けました。すると、だんだんと副作用が軽くなり、食欲も湧いてきましたし、気持ちにハリが出てきました。
「家族のためにも、自分のためにも頑張ろう」という思いが強くなり、無事に治療を終え、元通りの生活に戻ることができました。
ガンと闘う上で大切なこと
て、二度のガンの経験からガンと闘っていく上で大切なこととして、つぎのように感じました。
つ目は、治療法を選ぶときには、全身へのダメージが少ないものを選んだほうが良いと思います。可能であるならば、手術は一部だけにとどめ、別の治療法を追加するほうが体への影響は少なくて済みます。
特に、生殖器の場合、摘出してしまうとホルモンのバランスが崩れるため、一生、ホルモン剤を飲まなければなりませんし、そうなると、全身に影響が出てきます。また、私は自分の子宮や卵巣を自分で守ったという自負があるのですが、女性の場合、生殖器がなくなってしまうと、女性としての自信が喪失してしまう人も多いようです。その意味でも、できるだけ体への負担が少ない治療法が良いと思います。
つ目は、免疫力が落ちている時こそ、再発や転移しやすいことです。私の場合、旅行の最中で、疲れと生活のリズムが狂ったことが再発の原因だったと思っています。ですから、なるべく規則正しい生活を送ることが大切です。
つ目は食事に気をつけること。ガンに良くないと言われている食べ物は絶対に食べてはいけません。そして、なるべく肉類は控え、野菜、大豆類を多く摂り、バランスの良い食生活を送ってください。
つ目は、自分自身の気持ちのあり方です。私自身、ガンとわかった時に自分の命はもう長くないと感じたのですが、これが逆に自分の人生を見直すいいチャンスだったと思っています。自分の生活はもちろんのこと、自分自身についても、です。
実は、私の場合、これまですべてを完璧にこなさなければ気が済まなかったため、いつもストレスを溜めていました。しかし、病気になったら完璧主義ではやっていけませんから、自分の性格を振り返り、心の中を洗いざらい整理してみました。
その結果、たとえ完璧でなくても、努力をしたことに意味があると考えられるようになりましたし、性格も以前に比べてずいぶん柔らかくなったように感じます。
後に、家族との絆が病気を乗り切る上でいかに大切か、ということです。 たとえば、こんなことがありました。私が二度目のガン摘出手術を受ける二日前、病院から戻ると灯もつけずに夫が部屋で一人、泣いていました。 「なぜ、泣いているの?」と聞くと、「母親はガンで亡くなったけど、高齢だったから、悲しくても運命だとあきらめることができた。だけど、まだ若いお前がガンだなんて・・・・・。お前がいなくなったらとても不安だ」。 そして、「私は、お前を愛している。だから、ガンなんかに負けないという強い気持ちをもって、必ず生きていてくれ」と、大粒の涙が頬を伝うのもかまわず訴えたのです。 夫は仕事のため海外を飛び回る生活を送っており、アメリカへはたまにしか帰れません。それもつらいのでしょう。私は、この涙を見て、「夫と子どもたちのために絶対に治してみせる」と決心したのです。 今、私はとても元気に、楽しく暮らしています。これまでもつらいことはたくさんありました。ただ、そのなかからたくさんの大切なものを得ることが出来たのも事実です。ですから、ガンと宣告されても、医師から匙を投げられても悲観することはありません。
望は必ずあります。「絶対に負けない!」という気持ちを持って、私と一緒に闘っていきましょう。
 

       
       
       
       
       
       

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